目に見えぬ何かへの 畏敬と面白味の世界観

はじめまして。(お久しぶりです)。
『珍妙美』をテーマに活動しております岩倉ミケと申します。
このホームページの管理人で、2003年から(サイト名は、ときどき変えているものの)、一貫して「ちょっとフシギで、だいぶヘンテコ」なサイトを運営しています。

えー、なんだか突然ですが、
『珍妙美』とは、読んで字のごとく「珍妙なる美しさ」のこと。

…って、なんのことやら?? ですよね…。(^^;)

じっくり、ゆっくり ご説明いたします。
「なんとなく」でかまいませんから、付いてきてくだされば嬉しいです。


私たちは、美しいものが好きで、美しいものを追いかけます。
どんなものに「美しい」と感じるかというのは、人それぞれに好みはあるでしょう。
そんな各々の感じる「美」を、それぞれの人生の中で追う傾向が、人にはありますね。

私の定義する『珍妙美』とは、そのような、ずっと美しいと感じていたものだけではなく、今まで心に留めたことのなかったものに「何か」を感じる瞬間のこと、あるいは、その「何か」のことをいいます。


今まで、特に感動のなかった子供の絵本の最後の1ページに、なぜかその夜に限って、涙が浮かんでくるほど感動することはありませんか?

いつものカフェに飾られていた見慣れていたはずのポスターに、好みの配色を見つけて嬉しくなってしまったり。

難解そうに感じていた電化製品の取扱説明書にさえ、まるで人格があるかのような表記を発見して、思わずニンマリしてしまうこと。

子供の作ったむちゃくちゃなメロディーが、突如、心に響いてきたり。

朝のコーヒーの匂い。
まつ毛を揺らしたように感じた強風。
雨つぶの中に、自分の顔が写った時。

…そんな ありふれた ふつうの いつもの 暮らしの中のひとこま。

自分‘だけ’が知っている、ささやかな世界の秘密。秘密の美。

それが『珍妙美』。

何一つ珍しいものはないけれど、すべてが珍しい。

それが『珍妙美』。


私は、夢見や星読みや神話や民話、妖怪の話や恋の話が好きで、あれこれと好き勝手に書いてしまうことがあります。

でも、本当のことを言ってしまえば、そこに啓蒙すべき何かがあるわけでなく(そんなふうに見えるかもしれませんが)、
そこにあるのは、創造が止められないで、没頭してしまうだけの「私」がいます。

あ、これも厳密ではありませんね。

没頭している時には、「私」を感じることはほとんどありません。
没頭してしまうだけの、ただの「没頭」だけがあります。
何せ、「私」を感じないのだから。

   ↑

(ややこしいですかね?
このへんニュアンスは、わからなければそれでもかまいませんよ)


つまり、珍妙美とは、再発見の喜び とも言い換えられます。
再発見は、ささやかな小さな日常から、えらくどでかい物語にまで及びます。

例えば、一見、遠い物語に思える事象…星や神話etc…のことも。
実は、とても個人的な世界から現われているものであるということを発見する時…
…その面白味を愛でること。
それこそ、珍妙美 なのです。

このことを神秘と呼ぶ人もいるかもしれませんが、
私はカジュアルダウンして(笑)、そこは「珍妙美」と言いたいわけなんですね。


いつもの、あたりまえの暮しの中で、ふと発見する珍妙な美しさを、
面白おかしく、奇想天外にお届けする…。


岩倉ミケの気長〜なもくろみを共に楽しんでいただければ、こんなに嬉しいことはありません。