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冥府通いと黄泉がえり

冥府通いと黄泉がえり

──夢で、父が立っていた場所だった

奈みこさんと待ち合わせしていたが、時間を読み違えたとのことで、遅れて来られた。

おかげで、ゆっくり境内をまわり、本堂横の格子窓のあるところ(いつもはここから井戸を覗くだけ)に腰掛け、ぼんやりと境内を見回して、ハッと気づく。

ここは、あの夢で、タイ人っぽく変化(へんげ)していた父が立っていた場所だったと。

ここに座り込むまで、全然気づかなかった。

昔の学校のような建物、小さな階段、縁側のような踊り場のある中くらいの建物。

奈みこさんの分家ラジオで、テーマがたまたま『エンマ』についてだったおかげで憶い出した、この六道珍皇寺。

しかし、まさか、こんなドンピシャな場所だったとは!

全てに意味があるとは言うが、

私は、奈みこさんが遅れてきたことに、心から感謝した。

もし、彼女が先に入っていたら、ここに腰を掛けることは、絶対になかった。

特別公開なのだから、直接、受付に行っていただろうから。

 本堂に参る。

今回は、お寺さんが所蔵されている上村松園さんの美人画などが公開されていた。

そして、、、

──冥府通いの井戸を、観に行く。

この水脈からの水で、水占ができた。

  「末吉」

病 長引く、、など

内容は、うっすら凶だった。笑

気に入らなければ、すぐ近くのお稲荷さんに預けるべし、、とあったので、

祠に備えられた三宝のような台に、こんもりと盛られた水占みくじの上に、自分の分も重ねた。

どうやら、けっこうな確率で、うっすら凶 らしい。笑

そして、改めて、井戸を眺めたとたんに、気づいた。

京タロのイド、そして、エンマ、さらにイナリ(お稲荷さんの祠)。

イド、エンマは、「手放す」ことを伝える。

──厳しさも美しい調和へ。陰陽師の技

ここは、かの篁さんの「イド」なのだ。

気に入らぬもの、しっくりこないもの、違和感を感じるもの、、を捨てる(手放す)場所。

ここにおいて「凶」こそ、むしろ適している。

手放す場所だから。

つまり、自分じゃない自分(=隷属性)を、ごっそり、落とす(手放す)。(=イド

すべて忘れて、全く新しいあなたが、蘇るために。(=エンマ

このイド&エンマの生命の働きこそ、

善のみに偏らない中和(調和)を行う「イナリ」で現わされている

うーん、なんという美しさなのだ!

この、父性的な厳しさを、アートのように感じさせてくれるのが陰陽師、晴明さん。(イナリ

大アルカナは、一つとしてネガティブカードがない…という意味が、より深くわかってくる。

ネガティブに感じられるものは、すべて、ヨミガエリのために、

気づいたその刹那に、捨てられうる。

イドが出た時こそ、大きな飛躍を知らせる。

違和感(気に入らぬもの)を、チャンスに変えよ。

──輪廻転生のシンボル、黄泉がえりの井戸

さらに、順路を辿って、少し奥まったところに入ると、

篁さんが、冥途の帰りの出口だったとされる黄泉がえりの井戸があった

2011年に、見つかったらしい。

そう、今回は、「ここ」が観たかったのだ。

黄泉がえり。蘇り。ヨミガエリ。

亡父が出てきた、あの夢見を、ここで成就させたい。

そう思って、覗き込んだ。

井戸の口の格子の奥には、百メートルあるという深い穴。

その周りには、丸い円盤があり、

   輪 廻 転 生

と、文字が彫られていた。

すごいっ!できすぎている。

私は、感嘆した。

この前、お話ししたばかりの、京タロラジオのタイトルは、

「ククリ&エンマは輪廻転生を知らせる」

だったのだ。

ほんとうに、毎日が、アートになる。

惹かれることをしているだけで、美しい配置、調和のある配置になる。

必要な気づきは、考えなくても、脳裏に浮かび上がる。

そして、それは、毎日をワクワクさせてくれる。

なんの意味もないかもしれない。

でも、そんなこととは関係なく、

ひとつひとつの出来事、事象が、物語のように、

現れては、成就され、消えてゆく。。。

この理由なき営みをみる美しさに、

私は、いつも息を呑む。楽しくてたまらなくなる。

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