時代の移行期にある女たち

空気を読まないままに生きる

 

私は1968年(昭和43年)生まれで、

昭和ヒトケタの父と、戦中生まれの母の元で、

ごく普通に育ちました。(たぶん。笑)

 

当時の父母がそうであったように、私たち世代の両親は、戦後の混乱期にたいへんな思いをして大人になった人が多かったように思います。

戦後の大人にとっては、「ごく普通」に暮らせること自体が目標で、そのために懸命に生きている感じでありましたね。

清貧という言葉がありますが、

その生き方は、おしゃれではなかったとしても、美しかったと思います。

 

また、私たちの親世代は、親や社会に尽くすという在り方が最善という観念でした。

 

未熟者の自らより、年長者、社会を優先する。

周囲から何を学ぶか、どのように合わせるか、空気を読むか、それが大事なのだと、

言葉にされなくても、そんな後ろ姿を見続けてきたように思います。

 

そうやって、いつの間にか「空気を読む」ことに長けていきました。

その方が、世間を生き易いと感じてきたからでしょう。

 

こんなこと、言葉にすることはなかったけど、言葉にする迄もない常識的な観念だったように感じます。

 

個人的なことを言えば、少女時代に、ある体験をしたおかげで、私自身は、この常識的な生き方を、少し逸脱しているふうではありますが、そんなわたしでも、

自分を知らず知らずに責めたり、罪悪感や無力感、あるいは、その裏返しの優越感、、、

などに、心を奪われて、

 

……要するに、周囲を気にして、周囲の空気を読む生き方を、

「ふつうに」我が物にしてしまっていた面が多々あるなぁと思えるのです。

なにしろ、それを推奨されてきましたからね。( ̄▽ ̄)

 

 

でも、更年期ただ中の自分たち、あるいは老いた母たちを見て、

「女の人生」について、惑う女性が増えてきたように思えます。

 

こうすれば愛される──

こうすれば良く思われる──

 

 と、

十分とはいえなくても、一生懸命やってきてても……

 

旦那は浮気するし、子供は反抗期。

仕事でも疲れるうえに、父母の愚痴が追い討ちをかけます。

母だって、かつては父に浮気されて泣き、その父の介護に、今、疲れ果てている。

 

なんだかんだと言われた通りやってきたはずなのに、

それで、だいたいは間違いないと言われてきたのに、

じんわりと効いてくるよな不幸感。。。

 

でも、愚痴ると言い返されます。

 

「みんな、そんなもんやん」

「わたしらも、そうやってやってきたんやわ」

「雨風しのげる家があって、暖かいご飯が食べられるだけでも良しとせな」

 

 

 (人生後半になってて) そんなん、いややん、、、

なんか、思てたん ちゃうやん! (T ^ T)

 

そう、叫びたい人も多いのではないでしょうか。

 

  

私たち世代は、微妙です。

 

こんな古い女の在り方なんて、もうごめん。

 

でも、

人が人のため、社会のために、懸命に生きていた、美しかった人々の姿も見てきたから。

 

単に、切り捨てる気にはなれないのですね。

 

すべて変えたら、自分の半生を、否定するような気持ちになるのかもしれない。

 

でも、わたしは言います。

 

変えてしまってええんです。

ほんまに、ええの。

 

そのためにも、京都タロットは沁みるんです。

 

物語が、流れているだけ。

それは、あなたの本質ではないのですから。

 

悲哀すらエクスタシーであったことに気づいて、流す。

共同幻想という その物語は、あなたを通過するだけで、

変容して、成就されます。

 

あなたが解釈を変えてしまってもいいんです。

そのために「あなた」がいるのです。

絶対的に肯定しうる、このタロットの物語性を、

あなたを通じて、昇華、変容させてください。

 

 

新しい時代に似つかわしく、軽やかに、楽しく。

もはや、空気を読まなくても、いいんですよ。

なんか、それだけでも、ホッとしますよね。😆

だれかに後ろ指を差されたとしても、それは、自責をしているところを、

よその顔した「自分」から、教えてもらっているだけなんです。

 

 

京都タロットを、新時代への移行ツールとして機能させながら、

今という瞬間に委ねるという生き方にシフトする。

 

昭和、平成、令和をまたいでしまった私たちは、

つまり、この移行期を、経験したかったのです。

 

新旧の「移行」というテーマを生きたかったと言えます。

 

移行にいたる、あれやこれやを、

これから、お話していくつもりです😉