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魚先生

魚先生

 教室に入ると、いつものように魚先生が黒板を泳いでいた。
 魚先生は、このクラスの担任。副担任のシゲコ先生が四月のはじめに黒板に書いた魚で、ぼくたちはこの魚先生からいろんなことを習っていた。

 最初、白いチョーク一色で描かれただけだった小さな魚先生に、少しずつ色が混ざり始め、今は、薄い水色と黄緑の水玉模様に変容していた。

 魚先生は、まるで歌うように授業を始める。

 ♪みなさん〜‥いいですかぁあー

 ぼくたちは、魚先生の歌にはっとして黒板を見つめる。
 魚先生は、いつも黒板を見るように注意する。
 でも実際のところ、黒板では、魚先生が気持ち良さそうに歌って泳ぎ回っているだけで、何かを具体的に教えてもらえるわけではなかった。ぼくらはただ、それを見ているだけ。

 それなのに、丸山くんとキチロウくんが、ある日、たいへん晴れやかな顔で、教室を出ていった。彼らは「もう、わかったのだ」と言う。
 何がわかったのかを聞いても、説明ができない、と言う。ただ、黒板を見ていれば、そのうちわかるよ、たぶん、と言った。

 副担任のシゲコ先生も「うんうん」と頷いている。
 そのうち、3人4人‥‥と晴れやかな顔で教室を出ていく者が増えてきた。ぼくの方はと言えば、毎日毎日、魚先生の歌を聞き、泳ぐのを眺めるだけの授業が続いた。

 確かに魚先生の歌は上手いし、泳ぎは面白くて飽きさせない。でも、ぼくには何も見えてこないし、聞こえてこなかった。凝視したり、斜めから見たり、目を細めたり‥‥
 ‥ぼくもいろいろと工夫をして見たつもり。

 でも、ある時、ぼくは、ふいに、気づいた。気づいた、と言う言い方は、少しおかしいかもしれない。
 それは、ただの諦観だった。ぼくには無理だと言う絶望と、そこに腹をくくった安堵のまざったような諦観だった。

 すると、ぼくはほんとうに気づいたのだ。いや、気づいたなんて、この言い方は少し違うんだけれど。
 魚先生なんて、最初からいないんだ。あるのは、ただの黒板だけだったんだって。
 黒板から、魚先生が消えた。
 魚先生の歌も消え、泳ぎも消えた。
 そこには、最初から、いいや、原初からの黒板だけがあった。

 ぼくは晴れやかな顔をして教室を抜けた。

(完)

     

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