シンクロする夫の夢と日本人男性

夫が、今朝、起きるや否や

「神田うのとやってもーた」と言った。

「へえ〜、ふたりだけやったん?」と聞くと

「マンションみたいなところに住んでいて‥‥何人も住んどったなあ」

「ふ〜ん、皆の前で?」

「わからん‥‥何や、おい、分析すんな」

「してへんて‥‥(笑)‥‥‥で、それは浮気やったん?」

「いんや、罪悪感なかったしなあ。ステディか行きずりか、わからんなあ‥‥おいっ分析すんなって。おー、危ねえ、危ねえ、あやうく誘導尋問にひっかかるとこやったぜ」

「んで、(夢分析は)してへんて。(笑)」

あほたれ。こっちも朝、忙しいのに、ヒトサマの夢分析している暇はないっちゅうの。

私は、昨日見た夢の関連を考えていただけだ。朝から、その夢を聞かされるという私自身に対するシンボリズムを考えたかっただけである。

シンボリズムの世界は、どこまでも「自分」に対するものなのだから。

わたしは、やはり彼を置いて行くことや、その間に、彼と離れてしまうことを怖れている現れとして、この夢を聞かされたのだと思えた。

本日は、家庭訪問なので、仕事を早引けする。

いつもよりグンと早い叡電に乗ると、ばったりアメリカ人のJちゃんに会う。(ペルー出身のJとは別人)

子供の英会話の先生をしていることを思い出して聞くと、NOVAより3000円も安いではないか!うーっ。

「デモ、ダメヨ。今、セイト65人いるから。デモ、ミケサンナラいれてあげてもイイヨ」

ああ、遅かった〜。すでにNOVAに入学金を納めてしまったのだ。三年生まではNOVAにして、それからJのところにしようと思い直す。

しかし65人とは、スゴイですなあ。私よりずっと若くて、異国で、女手一つで、鈴より一つ年上の男の子を育ててながら生き抜いている。脱帽。

外国の男性と日本人男性の違いについて、あれこれ聞きながら最寄り駅まで行った。

あちらでは、幼少の頃からコミュニケーションの大切さについて徹底的に教育されるそうである。

だから、仕事なんかで落ち込んだ顔をして帰宅したとき、知らん顔をされていると、非常に堪えるらしい。「彼は私に関心がない」と感じるらしい。これは、ペルーのJも言っていた。

「知らん顔というより、(そっとしておいてあげよう)ってところかもしれへんよ」と一応言っておく。

いや、ほんと。落ち込んで帰って来て、パートナーに「どうした?大丈夫かい?」とすぐに来られたら、確かに、逆にしんどい気がする、日本人の私。

ちょっとはそっとしておいてほしいと願うだろう。

国際結婚は、そんなささやかな「間」の違いから、すれ違いや誤解が発生するのかもしれない。本当は思いやっていても。

ただ、日本人男性の良さは、「誠実」なところだと彼女らは言う。

「わからへんでえ。悪魔みたいなんもおるで〜」と、余計なことを言ってしまったが、Jの見解が正しいとすれば、これは日本人男性の勝利であるだろう。

確かに、うちの夫にせよ、甘い言葉や眼差しや女心からは遠いところにいるけれど(笑)、黙って責任を背負い込むところ、「守る」という姿勢を精神に貫いているところなんかは、それを補って余りある。

結局のところ、そういう硬質なところが、女心を打つということになろう。

ああ、そうか‥‥。今、気が付いた。一昨夜の私の夢と、今朝の夫の夢は、Jの話に集約されてゆくのだ。私は、彼を置いてゆくどころか、彼の守りによって支えられているのである。そのことに改めて気づかせるために、私の心が、Jを引き寄せたのだ。近すぎて、見失わないように。