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親指を握る子供の夢

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明晰夢と夢見を往来。

 

1、目の前に浮かぶ色や形を、さまざまに変形させて遊んだり、変化する様子を眺める。きれいやなあ〜と思っていると、(明晰夢≦夢見→)隣部屋にいる夫がバリカンで自分の髪を刈っている。辮髪(べんぱつ)みたいな落ち武者みたいなジダンみたいな感じ。

 2、ちょうどうちの娘くらいの(7歳)子供が、わたしの両手の親指を握ってきた。幽霊っぽい感じ。わたしは、こういう時はどうすべきかな?と考えながら、「そうや『高い高い』してあげよう」と五回くらいすると、金縛りに近いような感覚が入ってきた。アカンアカンと思って南無阿弥陀仏といって、それから法華経を唱えて、さらに十字を切って厄よけの真言を唱えたとき(←無茶苦茶や〜)、親指を握ったままその子は「ちゃうちゃう」と言うように手を振った。それで、法華経まで戻す。

ちょっと怖かったけれど、隣部屋(寝ているすぐ頭のところ)には辮髪夫がいると思って勇気を出した。すると、(現実→)娘がやってきて「ママ、ママ、何言うてるん?すごい大きな寝言やったで。ママ、起きて!」とベッドの横で笑って言う。わたしはまだ最後までやっていないので「ちょっと待って!」と制した。握られている親指の感覚は次第に薄れていく。(ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁ!)と意識が完全に現実に戻る前に、その手を上にあげて「光に戻って下さーい」と子供を放り投げた。

  

起きて我に返って驚いた。「今日は夫は家にはいない」ってこと。明晰夢より、さらにはっきりした夢見(リアルサイ夢=リアルでサイキックな夢)の状態の時でも、そこにいない人を作り上げて存在を信じることができる。そしてその架空の存在によって力づけられるのだから、めでたいっちゅうか、なるようになっている気がする。

もし、夫の不在に気が付いていたら、親指を握られた時点で、振り払っていたかもしれない。

 

わたしは、できることなら幽霊でも愛してあげたい。でも、未知の次元に踏みいっていることには、大なり小なりの恐怖は禁じ得ないもので、そこをクリアして愛する方法を考えたい。

本日は、昼寝だったことで、外は明るいこと。枕元に娘の保育園時代に彼女が描いた特大観音様がいらっしゃっていることでも安心感があった。

でも、少し考え込んでしまった。

 

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