ブログ名を変更して、リニューアルしました!(9/9)

2015年11月

  • 2015.11.25

聖と俗に揺れる時に見た、ある俳優さんとめおとになる夢

聖と俗。 いろんな両極がありますが、このテーマも、私の中の振り子があっち振れ、こっち振れ…する興味深い題材の1つ。 激しく「愛」に触れると(≒聖)、それが長期に持続することはほとんどなくて(少女時代のは単なる奇跡…笑)、たいてい一度、「揺り戻し(≒俗)」があることに、昨冬くらいに […]

光琳のたどり着いた金屏風と黒い流れ

(Wikipediaより図) 京都では琳派400年ということで、今年は琳派関連のイベントが目白押しでした。そのつもりなく琳派関連のイベントに参加していたこともあるくらいです。(アホですね…^^;) 一般京都人が知っている程度の知識しかありませんが、琳派の最高傑作と言われている尾形 […]

シンプルな気づき(探究の終わりについてのつれづれ5)

探究の終わりについて、(だれにも頼まれていないのに…笑)思いつくままに書いているシリーズ。 あと2回ほどで、現段階で思いつくことは、とりあえず終了できると思う。^^ どなたかの探究生活の一助になれれば、とてもうれしいです。こんなこと言っては不遜ではあるが、このブログ、早く終わりた […]

先生、師について(探究の終わりについてのつれづれ3)

昨日、書いたような行程は、飽くまでも私の場合であり、目の前の地平への私の向かい方。当然、人にはいろんな役割があり、ある程度のフォーマットやパターンを「変わらず」伝えていくというタイプの人々は、今の世界には絶対必要だと思う。この「変わらず」というところが愛 なんやろなあ。 小学校が […]

先ほど、フツウのオバさんになります…って書いたの読んで、自分で吹き出してしもた。…いや、もともと、フツウのオバさん以外になんでもないのに。 ワシは、なにを、わざわざ言うてんねん?と思て。(笑) 「フツウのおばさんになります。」 懐かぁ…

なにもない私(探究の終わりについてのつれづれ2)

このブログは、「気づき」から3ヵ月ほど経った日のある夜、急激に「今の想い」を書いて吐き出してしまいたいという衝動がやってきて始まった。もう「みゅーずが下りてきてる、みゅーずがぁ…」という気分になり(大笑)、もともとタンブラーにアカウントを持っていたので、ここに走り書きしたのがはじ […]

今さら気づいて、少し驚いたこと。 先ほどの記事のように、蝉のアートだけで、生死についてあれこれと考えを巡らせてしまったが、考えてみれば、あれは婦人科系の手術の直後。(もう言ってしまうと、それは子宮なんだけど)子宮こそ、地下での生。蝉で言えば、サナギの状態。 うむむ……ひょっとした […]

地上の生、地下の生

この前の記事で書いたお店では、スジャータ的十夢母茶(笑)との出会いのほかにも、もう一つ、特筆すべき素敵な出会いがあった。 それは、椅子に座った時に目に飛び込んできた蝶と蝉とトンボの3つの小さな絵画。(@私は最初、てっきりエッチング作品だと思っていたのだが、あとから聞くと、実は絵画 […]

ジュモンモの奇跡

その日は、ずっと気になっていた婦人科系の処置の日だった。 久々の婦人科の手術台にちょっとドキドキしたが、ベテランの先生と優しい看護婦さんとお喋りしながら無事終了。 かんたんな日帰り手術とは言え、麻酔とレーザーメスの入るそれなりに本格的なものだったこともあって、緊張しっぱなしで、終 […]

探究の終わりについてのつれづれ1

(たまには、こういうものを書きたい時もありまして…) 探究の終わり と聞くと、探究というものに、何らかのゴールを想像するもんだと思う。私の場合、確かに「探究」に「終わり」はきた。そこのところを、ちょこっと書いてみたい。 探究の終わりとは、探究している状態が終わること(当たり前か… […]