40歳からの鎖国のススメ04

01  02  03)から続く…

 

 

自分の現実のことを書くのは怖い。躊躇はある。

でも、ここまでの譬え話を「実際に」置き換えたものは、体験したことが一番伝わると思う。

題して……

 

もともと鎖国傾向だった私が、
コロナ自粛で大手振って鎖国主義になったことで、
変化したさまざまなこと

 

って、なんやねん?このタイトル ^^;

 

ここまで書いてきたことで、

鎖国主義って、実は、めっちゃカンタンなやり方ちゃうん?

と、思われたとしたら、それは、大正解!

 

要するに、尿意に気づいて、トイレに直行して、きもちいーって叫ぶくらいカンタンだってことです。

そして、これが当然の理で、それで正解。

 

   ∞

 

コロナ自粛のさなか、

親分(夫)が仕事を辞めると言い出した。

親分は、とある中小企業の役員をやっていて、
会社の内側のことになるから書けないけど、
彼は、ある重要事項で、ずっと尽力をしてきたのを知っているので、
その彼が、辞めるというのは、よっぽど決意してのことだと思った。

だから、当然、反対なんかしなかった。

 

親分は、私の心配を和らげるよう、真摯に話してくれたし、
変なハナシ、じっくりとコミュニケーションを持てる時間ができて、
むしろ、なんだか嬉しかった。

 

「ドキドキはするけど、ワクワクもするわ」

というと、

「ミケは、相変わらず、そういうとこすごいな」と言う親分。

 

何のあてもないのに、すぐに、現状を受け入れる態度がすごいと思えたらしい。

いや、私は、親分の仕事に対して、一縷の心配もない。
おそらく、本人以上に、私は心配していない。笑

 

「この人は、絶対、なんとでもできる人」という信頼がごっつぅある。( ̄▽ ̄)v

 

さらに、私には、京タロがあると思っていた。
これは京タロが、いよいよ動くから、その前触れか?とかも思った。

 

だから、この流れに沿って、私は動こうと考え始めて、
そのための企画を考えたりし始めた。

 

でも、始めかけてすぐに

 

私は、おや?

 

おや?

 

おや? 

  

と、違和感があることに気づいた。

 

もっと、ワクワクすると思ったのに、心が、動かない。
おかしい。
全然、気持ちが湧かない。

 

企画自体がイマイチなのかも?と、いろいろ練ったけれど、
しまいに、考えることそのものが苦痛に感じられて、
どうやら、方向が、全く違っていることに気づいてきた。

 

もちろん、たろうさんにも訊いていたよ

絶対肯定のたろうさんは、私の本音を見つめることを示唆するばかり。

 

でも、そうやって、京都タロットを手に自問するうち、わかってきた。

 

私が、今回、動こうと思っている根っこには、

「お金の心配」が、隠れていることに気づいた。

 

本心で、やりたかったんじゃなくて
お金が心配だったから、「やらなくてはいけない」と考えていたんだとわかった。

 

先ほど書いた「流れに沿っているから」というのは、実は本心の動機ではなく、
方便のようなもので、「頭で考えた」動機だった。

 

 

長年、京タロさんと付き合ってきた私がマスターしていることは、

こういう小さな違和感を放置しないということ。

 

焦燥感、無価値観、罪悪感、心配、、、

 

だれもが抱きがちのこれらの感覚(違和感)を放置しないということは、

これらの感覚を、行動の動機にしないってことなのだ。

 

これは、今までの教えられてきた常識と真逆のことだけど、
京タロさんは、今までから「動機こそ肝心」だと、何度も突きつけてくれていたので、
おかげで、いつのまにか、感覚が変わってしまっていた。

 

動機こそ肝心、なんていうと、
動機が崇高なものでないといけないと、考えてしまうかもしれない。

 

でも、そういうわけでは全くなくて、

動機(本心)を、自覚せよ!

ということ。

 

私は、このとき、やっと、自分の本当の動機が「心配」「焦燥感」であることを発見できたのだ。

 

同じ、「お金」が動機であったとしても、
それが「お金儲け」したくて、ワクワクしているのなら
むしろ、問題ないだろう。笑

 

心配からか、前向きな欲望なのか?

 

この小さな差は、実は、大きな差 なんやと思う。

 

後者の「お金」は、自分の本心と一体なので、
ストップしなくていい。

 

そうであるならば、そのままワクワクしながらはじめれば、ええんです。

きっとうまくいくし、大抵のことは、乗り越えられるようになっている。

 

でも、心配から行動する場合
その後の行為事態に心配フィルターが掛かってしまうので、
重みが乗っかってくるから、スムーズにいかなくてしんどくなる

 

そんなわけで、

内なる鎖国令を発動させたことで、外側の事象に翻弄されることなく、

内なる動きを注視するようになった結果、

心配発の動機に気づき、「いったん止まれ」をした私は、
改めて、自分に訊ねてみたのである。

 

 

 いよいよ完結篇!