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【#01】めくるめくシンボリックモデリングの世界 「生きた鱗のクリスタルになる」の巻

7月から、すっかりヤミツキになっているひろかもさんのシンボリック・モデリングセッション✨。今回で、早くも4回目。
もはやワタクシの趣味と化した、冴えわたるクリーンランゲージの世界🌈🌈

※1〜3回目については、インスタと、ニュースレター『ヘナチョコ神秘学』の#25号~#28号でお話ししています。ニュースレター登録はメアドだけです。無料。

 

ひろかもさんの絶妙な問いかけは、まったく答えが用意されておらず、いわゆる誘導的なものがない。一切ない。……にもかかわらず、イメージはひとりでに自由に展開し「しかるべきところ」に帰着する。その時、私は知る。「すべては完全で巨大なシステムの中から外れることはない。これまでもなかったし、これからもありえない」ことを。

3回までで、知りたいこと(上記のようなこと)が知れたので、今後は京タロについて、大アルカナの22枚をシンボリックモデリングを使って、改めて追体験をしてみようと思い立った。

ひろかもさんは「わかったわかった。オッケー」と軽〜く応じつつ、セッションルームでいつものように互いに座った。

……と同時に、そのもくろみとは全く違った言葉が、なぜか私の口からつらつらと出てきた。

言葉は具体的には覚えていないけれど、(意識の中の)汚れが気色悪いので取りたいという旨を話していたと思う。

意識の中の汚れをイメージすると、なぜか身体中に鱗のように張り付いている感じだと伝える。

 

「それを取るには、どうしたらいいと思いますか?」

と尋ねられると、

で落とすのがいい」と、答える。🤣

「どんなふうに?」

プールのような箱の中に浸かって体を振ると、ほとんど取れる。取りきれなかったものは、シャワーを勢いよく当てると汚れが落ちる

具体的には、ガラスかプラスチックなどのクリアな2メートル四方の立方体に、めちゃめちゃ綺麗なお水が入っていて、そこに体を浸けて振ると、鱗に詰まっていた砂や泥が取れる。

……と、ここまで書いて気づいた。

このまま、1時間のセッション内容をお話しすると膨大になりすぎる。笑

 

 そんなわけで……端折りますー😎


気がついたら、体が、透明な鱗のクリスタル(みたいな素材)に変わって琵琶湖上空、湖西側半分を眺めていた。

私は、その時の意識を「生きている鱗のクリスタル」と表現した。

 

鱗のクリスタルは、上がろうと思えば、いくらでも上がれる気がした。ただ、その時の自分が、心地よく感じるのが、どういうわけか湖西側半分だったのだ。(ひろかも先生の部屋が大津市だということも大いに関係すると思われる)

これは、たぶん、体調とか気分など、日によって全然違うんやろなあ。

 イメージは、いつものように「勝手に」展開されていく。

 口ベタな私が、このセッション中は、いつも、なぜかつらつらと話せる。

その時、急に気づいた感覚があった。

左手前方に、肥溜めのような汚物的な塊があり、それは避けて通りたいのに、妙に吸引力があるのを感じたのだ。

ただ、「ここ」にいると、肥溜め(のような空間)から離れさせまいとするいろいろな考え(=美徳感や常識)は、単純に私がその存在を許しているから発生している、重いだけで役に立たない考えだと実感できる。

それ自体が、それを選んでいるのだから、構うほどに色濃く体験するだけということ。ますます、それが固く実体化するだけのことだった。

 

また、上記以外に、肥溜めに吸い寄せられる原因となっているのが「退屈」という感覚。

それは、透明なプールで体をスッキリさせたあとに湧いてきた。「なんもない」というものに引っ付いていた馴染みの感覚。

退屈やったら、あっち(≒肥溜め)で遊べば? と、せっついてくる。

こんなふうに「焦り」もまた「退屈」とセットになっていた。

vol.2に続く

 

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