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夢見問答

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明晰夢がなんの役に立つのか?なぜゆえに夢見なのか?
と、ときどき問われますが「おもしろいから」と答えます。
役に立てようなどという色気を出して夢を見ようとすることなどは、よほど現実で悩むことがあって、いろんな解決の一つとして祈りながら眠る時も稀にはありますが、まあ、ほとんどは役に立てようなんてことは一切考えず夢見を楽しんでいます。
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予知夢のようなものを見ちゃったらどうしたらいいのか?
ということもときどき問われます。
予知夢と言っても、そのものズバリを見ることより、ちょっと変化させたものを見る場合の方が多いので、自分の夢が現実とどんなふうに混ざり合っているのかを様子を見ながら観察するのがいいと思います。
たとえば天変地異の夢を見たからって、すぐに周囲に吹聴するというのはイタイ人丸出しでよろしくありません。当たる当たらないことより、そんな姿勢自体を恥ずかしいと感じる感性は、要するに「それ以前の問題」なので、そういうまともさや冷静さを、ちゃんと持っていることの方が予知できることよりずっと大切です。
仮にその地域に家族がいて、よっぽど心配であれば、あとから人騒がせだと怒られたり笑われたりを覚悟で、家族だけに告げるにとどめて、あとは観察するくらいの距離感で夢見と付き合うのがいいでしょう。そのうちに夢見と現実のつながりについての理解も洗練されてきますので、そうなれば、どうすればいいのかも、その都度いちいち葛藤せずにわかってくるようになるはずです。
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夢見の効用はなんですか?と言われれば、
「新しい次元の自分の発見」に尽きると答えたく思うのですが、これはあくまでものその問いへの答えとして、わたしが今感じている正直な感覚であって、その効用を最初から目的として夢見に挑んでいるわけでは決してありません。まあ、最初からそれをもくろむのも一興かもしれませんが、わたしは個人的には、そういう在り方が好きではありません。
そんなふうに夢を見ようとしても、むしろ自分の枠を強固にするだけではないでしょうか?わたし達は、自分の枠の外からモノを見ることができませんから、もくろみそのものが枠になってしまうのです。そうなると、せっかく発見しているはずの新しい自分がここに在るにもかかわらず、「発見したい」というもくろみ(想い)の方が、感覚として勝ってしまうんです。もったいないもったいない…。(笑)

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