Non-Dualismのはじめに

 
●視点の転換
この世時間で2015年6月10日のこと、私の中で、たいへん静かに天と地がひっくり返りました。
天地がひっくり返るなどと書くと、非常に大げさですね。だから、ここは「たいへん静かに」というところに重きを置くことにしましょう。

この時の、静かな変換を、私は『視点の転換』と地味に呼ぶことにしました。いや、別に名づける必要なんてないのですが、ちょっと記念として名称を付けたくなりました。あくまでも記念として。(笑)

この時に、ははーん!と腑に落ちたことは、ある筋では、近ごろ『非二元』とか『non-duality』と呼ばれているものにも近いかもしれません。ただ、どのような言葉であっても、それに対するイメージがそれぞれに含まれていますので、個人がイメージする何かを想像させてしまうでしょう。それは想像するという精神活動とはちょっと違うものですので、こちらでは、できるだけシンプルに『視点の転換』と呼ぶことにしておきましょう。

まあ、この言葉も、何かの加減でメジャーになってしまえば、もう使う言葉がありません。そうなれば、もはや『これ』としか言えない。(笑)
これ のことを、誤解のないように伝えるのは至難の業です。
また、それを伝えようと心を尽くしている人々もたくさんいるようですから、私のヘタな言葉で混乱させるのは本意ではありません。
です から、その時、綴ったメモを、ここに貼ります。
それが、今の私が伝えられる、いちばんの工夫かもしれません。↓
ぜんぶが夢だった。
消えた。
こわー。
なんやったんやろ?
あまりにあっけない。
気づいたら、さっと消えて、
夢の私は「ちょっと待てぃ!」とその幻想に叫ぶ。
なんだ、このNobady!(笑)
夢の中にしか生き続けられなかった私。
ああ!何にもなくって、これがあるだけ。やん。

 
(笑)のマークまで、そのまんまです…いえ、実は、手元のメモには、ほとんど全部に笑マークを入れてあります。それくらい、脱力気味に笑ってしまったのでした。
※母校M小学校。現在は移転して、跡地の建物はどこかの研究所のようになっています。通学していた40年前で建立110年以上だったように記憶しているので、今や150年の建造物。ほんと、いい味出していますね。これを眺めつつ、「過去はない」となーんて気づくのが、本当におもしろい。