ブログ名を変更して、リニューアルしました!(9/9)

タグ:non-dualism

いつもゼロ

いつも0 いつもゼロ 何にも起こってない。   起こってないのに、 頭の中だけで、物語をつくっているだけ。   それは架空のストーリー。 実際には起こってない。 何も起こってない。   頭の中で、何も組み立てなければ、 今、ここは、さら。 いつも、さら。まっさらだ。   いつも、 […]

今、ここに あるものと共に

ここ数日、5年ぶりの非二元探求熱が再燃していた。 もう、決着がついたことなので、もはや、これは起こらないと思っていたのだが、なぜか「ほんとう『ここ』にあるのはなにか?」という、あの懐かしい問いが、私の脳裏を占め始めた。 ただ、昔と違うのは、焦燥感の伴った葛藤はなくなっていることで […]

Non-Dualismのはじめに

 ●視点の転換この世時間で2015年6月10日のこと、私の中で、たいへん静かに天と地がひっくり返りました。天地がひっくり返るなどと書くと、非常に大げさですね。だから、ここは「たいへん静かに」というところに重きを置くことにしましょう。 この時の、静かな変換を、私は『視点の転換』と地 […]

「わたし」で

     ことんとハマるような、落ち着く位置というのがある。 このまま、あるがままの、この「わたし」という。   今のこのままだ。   それは、必ずしも、居心地のいいものばかりではなく、ちょっとした自己嫌悪感を覚えるものも含んでい […]

しょせんみけねこ

     みけねこ と書いて改めて気づく。 本質の私は大きいとか、(まあ、大きいのだろうけれど=つまり誰でも大きい) 本当は、生きているだけで十分で素晴らしいとか、(そりゃそうなんだけど) そういう言葉に救われる時もある。   でも、一方で […]

きみとぼくの分離

すべてが帰ってしまったところの無にも まぼろしは浮かぶマハルナ マハリシ きみを追って なくなった心にも オアシスの幻影それは 永遠に うつりつづける きみの名前と ぼくの名前は よく似ていてぼくは ときどき こんがらがってしまうきみをよぼうとすると じぶんみたいで 気はずかしく […]

切なさに招かれて

     実は、先週、義父が他界しまして忙しくしておりました。 気ままだけど人情味のある昭和ヒトケタの男でした。 実父の時も感じたのですが、人生の儚さに胸がぎゅっと締めつけられます。 悲しいというより、切なくてしかたがない感覚です。 この世界はなんと […]

五円玉の青春

五円玉が、超バランスでテーブルの上に「立っています」。その刹那が記憶されて、心に焼き付きます。 このあと五円玉は倒れてしまいます。そして、立っていたことは、それを見ていなかった人にとって、なかったことになります。 倒れている五円玉は、立っていた青春を忘れるのでしょうか?青春は、五 […]

何も知らない

昨年、目からウロコがポロっと落ちるようなことがありまして、以来、いろいろなものがポロポロと落ちまくっております。 すると、ほんまの姿が見え始めるようで、私の中で固まっていた「誤解」がオートマチックに氷解しはじめてきたのでした。 まあ、もちろん、生きているかぎり、ある種の誤解の中に […]

ただのけむ

     どこにもたどり着かないことがわかってて どこかにたどり着こうとしている   自分でしかけた なぞなぞ 自分に掛けた 魔法 自分で解こうとしている ええ もちろん それはあなたに解けるでしょう なにしろ あなたが仕掛けたのだから & […]

白く浮かぶ 黒く浮かぶ

     ドキッとするような暗闇が 明るい背景を消したとたんに現われて 怖くなって また背景を乗せた   暗闇を見ると不安になって 自動反応的に怖くなってしまうのだけど   暗闇を現している元の 暗闇をも現しているはじめの 白くも […]

シンプルな気づき(探究の終わりについてのつれづれ5)

探究の終わりについて、(だれにも頼まれていないのに…笑)思いつくままに書いているシリーズ。 あと2回ほどで、現段階で思いつくことは、とりあえず終了できると思う。^^ どなたかの探究生活の一助になれれば、とてもうれしいです。こんなこと言っては不遜ではあるが、このブログ、早く終わりた […]

先生、師について(探究の終わりについてのつれづれ3)

昨日、書いたような行程は、飽くまでも私の場合であり、目の前の地平への私の向かい方。当然、人にはいろんな役割があり、ある程度のフォーマットやパターンを「変わらず」伝えていくというタイプの人々は、今の世界には絶対必要だと思う。この「変わらず」というところが愛 なんやろなあ。 小学校が […]

なにもない私(探究の終わりについてのつれづれ2)

このブログは、「気づき」から3ヵ月ほど経った日のある夜、急激に「今の想い」を書いて吐き出してしまいたいという衝動がやってきて始まった。もう「みゅーずが下りてきてる、みゅーずがぁ…」という気分になり(大笑)、もともとタンブラーにアカウントを持っていたので、ここに走り書きしたのがはじ […]

ジュモンモの奇跡

その日は、ずっと気になっていた婦人科系の処置の日だった。 久々の婦人科の手術台にちょっとドキドキしたが、ベテランの先生と優しい看護婦さんとお喋りしながら無事終了。 かんたんな日帰り手術とは言え、麻酔とレーザーメスの入るそれなりに本格的なものだったこともあって、緊張しっぱなしで、終 […]

探究の終わりについてのつれづれ1

(たまには、こういうものを書きたい時もありまして…) 探究の終わり と聞くと、探究というものに、何らかのゴールを想像するもんだと思う。私の場合、確かに「探究」に「終わり」はきた。そこのところを、ちょこっと書いてみたい。 探究の終わりとは、探究している状態が終わること(当たり前か… […]

その子の夢

この世界だけに生きることが どんなにラクで素敵かをわかっても 前の世界の余韻が抜けるには、ちょっと猶予があるみたいで 前の世界にいるあの子が「かつてあったこと」のように 扱ってもらいたがっているみたい。 たぶん「忘れちゃいやだ」と、だだをこねているだけだから 「忘れないよ」といっ […]

まったき共有から

私には、画像のカラスらに「思考」なるものがあるのかわかりません。ひょっとしたら、その都度の「反応」のみなのかもしれませんね。 とは言っても、カラスは百年生きるらしいし、たぶんプランクトンよりは、なにがしかの「知性」は働いているでしょうから、思考の萌芽のようなものは、あるような気は […]

移ろいの美

紫陽花の美しさは、雨の日に最も映えることと、色の変化(へんげ)。 ゆるやかに移ろう色から、移り気という花言葉を持つ紫陽花。   移り気というと軽薄なイメージがあるけれど、紫陽花の色の移ろいは花の老化の過程だそう。 老化現象を、色の移ろいとして見せてくれるなんて、自然はな […]

世界の終わりは世界のはじまり

これは、昨日の夕方のわが家の2階からの景色。 (…街中なので電線だらけだけど、お寺の屋根が見えるところが、かろうじて京都っぽいかしらん。) 何を撮ろうとしたのかと言えば、実はこの時、大雨。 なのに、西の空には夕陽が出ている。 スマホなので、うまく雨粒が撮影できなかったけれど、日食 […]

名前になるまえの…

私の想像の中にしか世界はなくつまりすぐになくなる夢で本当の世界は 今 目の前で展開されているこのこれしかないそこに名前はなく名前をつけたとたん 過去に変わり名前になるまえの むき出しのこの なんかこれ がここと ただひとつになっているふるえのような 愛 のような   ※写真:私の […]